ブルーノート・グループ・エグゼクティブ・シェフ 長澤宜久と村治佳織
ーーー今回のコラボレーションでは、どのようなリクエストをされたのか教えていただけますか?
なんでもリクエストしていいと言っていただけたので、自分がこれまで訪れた国々の中から、歴史やグルメなどの魅力が印象に残っている場所を、泣く泣く3つピックアップして選びました。1つ目は、私がヨーロッパで初めてデビューを果たした国・イタリア。続いて、スペインと、留学先のフランスです。それぞれの国での思い出を元にしたメニューを再現していただくことになりました。
「メロンのポタジェ」
高校生のとき、夏休みに音楽の講習会を受けにイタリアに行ったんですが、現地のレストランで前菜として出会ったのが"メロンと生ハム"でした。今でこそ定番の組み合わせですが、当時16歳の私にはとても新鮮で、塩味と甘みのバランスが本当に美味しくて。どこのレストランに行っても前菜のメニューにあるので、そればかり食べていましたね。それぐらい衝撃的でした。
その思い出をお伝えしたところ、シェフがそのまま再現するのではなく、工夫を凝らしてスープに仕立ててくださいました。メロンと生ハムがスープの中で共存していて、"コットンクラブならでは"の特別な一品になったと思います。トマトを使ったガスパッチョでも合いそうですが、あえてメロンを主役にしたスープにすることで、井田さんの作品に使われている鮮やかな黄色を思い出しましたね。
「サーモン フォンダン」
イタリアやスペインはご存じの通り"食の国"で、日本人の食文化と共通点も多いんです。お魚やお肉、野菜、お米を食べるところや、タコを好むところもそうですね。中でも、私が日本ではあまり食べられない大きなピーマンを使ったお料理が大好きで、今回はそのピーマンを焼いて皮を剥き、マリネにしたものをサーモンの上にのせていただきました。サーモンは国を問わず普段から健康に気をつけている私にとって安心の食材です。迷ったときにはサーモンを選べば、栄養やタンパク質も摂れるので、男性にも女性にもおすすめですね。
ーーー実際に試食されていかがでしたか?
今回は「絵」とのコラボレーションということで、お皿から見える色彩もとても大事だと思いました。サーモンは低温調理されていて、鮮やかな色が印象的です。その上にのせられた赤のグラデーションも美しく、国産グアバの赤やオレンジともまた違う独特の色合いで、食べる前からポジティブな気持ちになれる一品でした。低温調理されたサーモンは、口に含むと時間をかけて味わいが変化していくのでとても好きです。そのアクセントも素晴らしく、サーモンの横に添えられた2種類のソースも魅力的でした。ひとつはレモン風味、もうひとつはスペイン料理でもよく使われるロメスコソースで、味の変化を楽しめます。ぜひソースもすくって、お客様に最後まで味わっていただきたいですね。
ーーーお食事に合うワインもセレクトしていただきました。
スペインには珍しいワインも多く、例えばリオハの赤ワインなど有名なものがあります。私も最初は濃くて太陽の光をたっぷり浴びたような赤ワインが好きでしたが、最近は白ワインをよく飲みます。和食にも洋食にも合うので、白を選ぶことが多く、今回もスペインの美味しい白ワインを選びました。ソムリエの方によると、お料理との相性も抜群で、フルーティーな桃の香りが感じられるとのことでした。私は、海の近くを思わせる磯の香りのようなニュアンスも感じましたね。また、ボトルの形もとても素敵で、透明感のあるデザインも楽しめました。
ーーーカクテル「END OF TODAY」はいかがでしたか?
カクテルは、意表を突いてマデイラワインが使われていました。私がリクエストしたのは"ブドウを使ったもの"だったのですが、まさかマデイラが使われるとは思っていなくて。もともとマデイラには興味があり、マデイラワインだけを出すバーに行ったこともあるので、これを使ったカクテルは非常にオリジナルで、ここならではの一杯になったと思います。さらに、マリーゴールドの鮮やかなお花も浮かんでいて、コットンクラブ20周年のお祝いにふさわしい華やかさがあります。ブドウは豊かさの象徴でもあり、房がたくさん付いていることで子孫繁栄の意味もあります。スペインでは大晦日に12粒のぶどうを食べて新年を祝う習慣がありますが、今回のカクテルにも数粒のブドウが入っているので、お客様お一人おひとりの繁栄もお祈りしています。
ーーー今回の公演は「音楽」「アート」「食」という3つの要素が融合した内容になりますが、その中で特に楽しみにしていることはありますか?
そうですね。クラシックの公演は通常、1日限りで終わることが多いのですが、前回も数日間にわたって公演させていただきましたし、今回はコットンクラブさんの周年公演ということで、また複数日にわたり演奏できることが楽しみです。もちろんどの回も同じ力を注ぎますが、回ごとに異なるお客様や、通ってくださるお客様と、さまざまな豊かな時間を過ごせると思うとワクワクしますね。
また、今回のようにお題がある中で選曲できるのも楽しかったです。その場で感覚を最大限に開き、来てよかったと感じてもらえたら嬉しいですし、お客様と同じ時間を共有できることも特別です。 音だけでも十分楽しいのに、そこに視覚的要素も加わることで、より豊かな体験になります。豊かさの洪水に浸って、いい意味で波に包まれてほしいですね。
ーーー井田さんとのコラボは、どのような経緯で生まれたのでしょうか。
とある方のお食事会を通じて、井田さんと知り合いました。その際、井田さんがメモ帳にボールペンでササッと私の横顔を描いてくださったのがきっかけで、「いつかお礼をしたいな」と思ったんです。その後、「いつかアトリエに演奏しに伺います」とお伝えしたことが、実際に実現し、今回のコラボレーションにつながりました。
伺ってみると、井田さんはイギリスとも縁があり、スペインではピカソに関連する方から依頼を受けて展覧会を開催されるなど、一年を通して途切れることなく自身の展覧会が開催されていることもあるそうです。 世界のどこかで必ず自分の作品が展示されているというのは本当に驚きです。ご自身も精力的に動かれていますが、作品も世界を巡っている。私はもともとノマド的なあり方が好きなので、そこに共感を覚えました。また、井田さんのお父様も彫刻家で、ファミリーで同じものに携わるという点でも共通点を感じました。
さらにご縁が深まり、井田さんのアトリエではライブペインティングとギター演奏によるセッションが実現しました。井田さんが信頼する映像チームがボランティアで撮影してくださり、その様子をインスタグラムで公開したところ、多くの方の目に留まり、コットンクラブのプロデューサーの目にも止まりました。こうして、今回のコラボレーションが実現したのです。本当にすごいご縁だと思います。
ーーー今回のライブはどのような内容になりそうですか?
<END OF TODAY>は、井田さんが毎日過ごす中で、その日の印象的な出来事や人を描く作品シリーズです。だから今回は、壮大なテーマにするというよりも、コットンクラブでの親密な一日の時間を、音楽と食事、絵でリラックスして過ごすような公演にしたいと思っています。出会いがあって、最後には希望に向かって会場を後にする――そんな流れを音楽で演出できたらいいですね。
これまで弾いてきた曲の中から、しばらく演奏していなかった曲も掘り起こす予定ですし、せっかくなので初めて演奏する曲も1、2曲入れたいと思っています。
井田さんの作品には、息をのむような大作もありますし、ディズニーとコラボした愛嬌のあるシリーズもあります。今回ご覧いただくのは、井田さんの全てではなく、一部だという感じで皆さんには見ていただきたいですね。
ーーー来場されるお客様に向けてメッセージをお願いいたします。
いつもどの公演でも心を込めていますが、今回は特にさまざまな想いが詰まっています。コットンクラブさんが20周年を迎えられたのも、ステージに立つ演者やお客様の力があってのことだと思いますし、公演に関わる多くのスタッフの方々の思いも重なり、いつも以上にたくさんの人の想いがこもったステージになっていると感じます。
お客様の前に立つのは私と絵ですが、その背後にある目に見えない力も強く感じます。それがきっとお客様にも伝わり、2025年の残り3か月を元気に過ごすための大切な時間になれば嬉しいです。